身ぐるみそっくり

今週のお題「人生最大のピンチ」

人生初めての海外旅行はタイ。
今から20年ほど前の話。
当時は日本とタイの経済格差も大きかった。

パタヤビーチで日本人丸出しの格好をしていたら、「よぅ、トモダチ」と言いながら近づいてきた男がいた。
旅先で人恋しかったことと、自分の英語力を試してみようという気持ちもあり、そいつとお茶をすることにした。
その後になぜか「ジェットスキーをしたいだろ?」という展開になり、海パンやサンダルを買ってくれた。
今考えればこの時点で怪しさ300%。
そして「俺がバッグを預かっててやるから行ってこい」ということに。

当時は旅の経験がゼロだから、全く怪しむこともなく浜辺に近い所でジェットスキーを始めた。
すると「もっと沖の方でやれ」と。
しばらくして戻ると、あいつがいない。
散々探し回ってもあいつがいない。
周りのタイ人に聞いても「トモダチじゃなかったのか?」と聞かれる始末。

しまった。やられた。
海パンとサンダル、そしてサンダルに残されたわずかばかりの「お気持ち」のお金。
警察に被害届を出し、近くにいた日本人に金を借りてバンコクに戻り、日本大使館やエア・インディアを回った。

この経験を糧とし、以後二度とこのような被害にあったことはない。

完璧さとDIY精神

完璧であろうとすることはDIY精神とは反意語かもしれない。
完璧さが欲しいなら専門家に頼むしかない。
それを自分でやろうとするのだから、最初から完璧であるはずがない。
完璧さを求めるあまり、何も始められないのは時間の無駄だ。

暮らしと戦争

暮らしの手帖の創業理念は、一人一人が自分の暮らしを大切にすることによって戦争の無い世の中を作ろうというものだったと、ある本で読んだ。

その時は、へ~そんなもんかなという程度の理解だったけど、毎日毎日料理や掃除、庭木の手入れなんかをせっせせっせとやっていると戦争のことなんか考えている暇も無い。

いつの時代も、暮らしとは遠くにある人が戦争を始めるのだろう。

世界が終わる日の晩飯

料理もパンもお菓子も、はっきり言って買ってきた方が安い。

特にこんなにも、世界が終わってしまいそうな程にくそ暑い日には、台所に立つのが面倒だ。

それでも旨いものを食いたいという生物的な欲望があるし、あと何回飯を食えるかと思うと、愛が込もっていない工業品を食うのはしゃくじゃないか。